9.一人さわやかウォーキング U 〜東追分駅訪問記〜 <2>

追分駅を出て1時間は経過したでしょうか。かなり余裕を持ってゆっくり歩いてきたせいもありますが、到着時点で列車が来るまで30分ほどあったので、本当は行こうと思っていた追分駅付近にある鉄道記念館に行かなくて正解だったと思いました。ようやく駅へ通じる道に入り、先ほど列車が通過した踏切手前の砂利道を入って行きます。

そして、ようやく駅に到着しました。「東追分」と大々的に書かれているものが駅名板以外なく、どの写真をもって東追分駅とするかを悩んだ結果、こちらになりました。

帯広行きのキハ183系5両編成の特急「とかち」3号が通過してゆきました。これから乗ろうとする普通列車は、本来この特急に乗って追分で16分の待ち合わせで乗車するか、始発の千歳で乗るかになります。

後追いでも撮影してみました。後方は2次車と呼ばれるタイプで、中間の3号車にはハイデッカーグリーン車が連結されていました。

上の2枚の写真はいずれも追分方面行きホームから撮影したものですが、通過列車の撮影を終えてから連絡橋を越えるのが恐ろしく、1日に誰も降りることがないというほどの利用者数のため中に何かいたらたまらないという発想が抜けないままどうにか渡りました。幸か不幸か、中は締め切っているせいか独特な匂いがするのと、蜘蛛の巣が張ってあるくらいでしたが、さすがにこの椅子に座りたいとは思いませんでした(笑

夕張行きホームに渡って、丘の方を眺めていると、おびただしい数の牛が放されていました。雰囲気からすると、乳牛も肉牛も雑ざっているように見えます。拡大した写真はこちらです。

さらに待つこと約10分で、ようやく新夕張行きの列車がやってきました。このときは、やっと助けに来てくれた、というような感じがしていました(笑

列車は、途中川端駅で特急「スーパーおおぞら」4号の交換待ちで5分停車し、同時に乗客は私ひとりになってしまいました。そのまま寂しく新夕張に到着し、約50分の待ち合わせの間に昼食を済ませ、乗って来た列車がそのまま夕張行きとなって乗車しました。

次の沼ノ沢駅は、真谷地炭坑への鉄道の分岐駅でした。このあと通る鹿ノ谷駅ほどのヤードの広さはありませんが、こちらには錆びた線路が残っています。

列車は13時13分、終点の夕張に到着しました。普通であればバスでターミナルへ向かうところですが、未訪問の鹿ノ谷駅へ行くため、9分の待ち合わせで折り返します。

こちらが鹿ノ谷駅に広がる広大なヤード跡になります。夕張鉄道はこの先、2代目の国鉄夕張駅があった本町付近にある夕張本町まで延びていて、南はこれからバスで通過しようとする道道3号線を通り、栗山や長沼町を抜けて野幌に至っています。夕張や角田の炭坑の運搬だけでなく、札幌方面からの資材の供給源としてかつては大変な貢献をしたことであろう、ということがこの誇線橋を見て感じ取れるような気がします。

ここで列車を降りたのは私だけでした。夕張から近い上にバスの本数がかなりあり、わざわざこの区間を利用する人はほとんどいないと思われます。

バスが無かったので多少のアップダウンを繰り返し歩き、20分ほどで夕鉄バスターミナルに着きました。ここから2時間ほどの頻度で運転されている札幌大通行きの急行バスをテレビを見ながら待ちます。

ターミナルの中にはバス接近案内板もあります。かつて鉄道が走っていた場所や、観光地の名前が並んでいます。
さて、札幌行きのバスに乗りこみ、錦沢、継立、長沼など夕張鉄道の駅があったところを通過し、長沼から由仁を経由して北広島へ抜け、大谷地駅を経由して2時間足らずで札幌大通に到着しました。降りるときにちらっと見えた時刻表の札幌到着は、鉄道の如く定時でした。

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