14.最後の再会ランデブー、義経号としづか号 <1>
9月の初旬、大阪は西九条駅の下にある交通科学館に展示されている「義経号」が、遠路はるばる小樽の交通記念館に運ばれてきました。その理由は、22年ぶりの対面となった「しづか号」との対面です。小さな旅行記21.『津軽海峡の新しい顔、789系展示会』の取材のために小樽に昼頃来たのですが、昼食を取ってからかなり時間がありましたので、そう言えばと思って行った所、この日が最終日だったのでした。
(写真をクリックすると、大きいサイズ(640×480)の写真が現れます。)
注:このイベントのポスターでは、『再開ランデブー』となっているのですが、私の解釈では誤植にしか思えてならないので、『再会』と換えて書くことにします。もし意図的に『再開』となっているのでしたら、ご指摘願います。
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小樽駅から1時間に5〜6本の頻度で運転されている周遊バスに乗り、3つ目に停車する交通記念館の前で下車して3年ぶりの訪問を果たしました。まだ時間があるので、それまでここで見つけたものを紹介したいと思います。こちらは記念館の敷地の端から端までの数百メートルを走るSL「アイアンホース号」です。歩いた方が早い、という突っ込みはなしにして下さい(笑 |
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山側のホームには列車が1列に並べられています。入口寄りにあるのはキハ56です。 |
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その内部です。宗谷本線を走る急行が特急に格上げされる前の最後の日に、急行「宗谷」のキハ56に乗って来たのですが、結構懐かしく感じました。さすがにエアコンは付いていませんけれどね(笑 |
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その後には、キロ80形が連結されています。中ではビデオが流されていて、私が入った頃にはC62が復活したときの「ニセコ号」の映像が流れていました。今では旧客車を改造したものが連結されていますが、当時は青い客車(44系?)でした。黒い旧客車もいいですが、こういったタイプの客車でもいいなあ、と思いながら見入っていました。 |
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続いて、キハ22系です。今でこそ道内の普通列車の主力はキハ40系ですが、廃止となった数多くの路線が現役の頃はキハ22系がずいぶん活躍していたものです。 |
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こちらはキハユニ25形です。郵便車、荷物車が半分、客車が半分となったもので、普通より少し長くなっています。北海道向けに7両(うち1両は事故のため廃車)が造られました。 |
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右側は44系、左側は35系客車です。44系は特急列車に連結された客車で、昭和初期に登場したものです。記念館では中身を改造してギャラリーとなり、当時の雰囲気は外からしか分からなくなりました。35系も昭和初期のもので、こちらにあるのは33形1500番台で、寒冷地の北海道向けに改造された車両です。 |
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35系客車の先頭に立っているのが、C55形50号機です。戦前に製造され、急行列車の牽引で主に利用されたSLです。 |
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こちらは44系の方に連結されている交流用のED76形の509号機です。九州でも配置されていたもので、北海道では電化当初に活躍していたものです。青函トンネル開通時に1両が551号機に改番されてED79形の不足を補っていました。 |
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今度は建物の中に入ってみることにします。すると、2階には豊平駅の駅名板が置いてありました。豊平駅は定山渓鉄道の駅で、現在のバスの運行などを行っている『じょうてつ』の会社として駅舎が残されていて、ホームの土盛もそのままにされています。 |
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続いてこちらは、滝里駅の駅名板です。滝里は野花南と島ノ下の間にあった駅で、1991年になって現在の滝里を避けて長いトンネルで通過するルートに切り替わりました。その滝里はダムの建設が行われ、現在では湖底に沈んでしまっています。 |
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