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北見に到着した頃には、遅れはすでに取り戻していました。11時55分に駅舎に接するホームに到着し、私は連絡階段を渡ってふるさと銀河線の列車に乗り換えました。 |
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次の北光社駅に到着する少し前、一人が降りるべく前のほうに来ていたところ、運転士さんが「後ろと前どちらがいい?」と言い、所定の停止位置よりかなり前に停車して扉を開けていました。JRでは見られない光景ですね。 |
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線路は長い直線が続きます。それでもゆっくりと加速し、すぐに変速機を変えるでもなく走っていました。 |
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訓子府駅では10分近い停車時間があるので駅の外に出て撮影したり、買い物に行ったりしていました。ところで、日曜日では各駅の窓口が開いておらず、本来池田まで通しの切符を買おうと思っていたところできませんでした。 |
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12時54分、終点の置戸に到着しました。ここでは2時間以上の待ち時間があり、駅付近をゆっくり散策していました。 |
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もちろん、頭にはマイナスの記号が付きます。2時頃の温度計ですが、この温度を指しています。ちなみに、南にある足寄町は最も低い気温を計測したところで、このあたりも道央地区に比べると極端に気温が下がる地域でもあります。 |
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3時過ぎにホームに戻ってみると、向かい側のホームにはこのような列車が止まっていました。置戸に14時に到着した列車で、2002年11月からタイアップしている『銀河鉄道の夜』のペイントを施した車両です。2両(CR75形)がこのように塗られており、イベント時にはその2両が連結されて運転されるようです。 |
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長いようで短かった2時間は過ぎ、池田行きの列車が到着しました。この列車は、私が先ほど乗ってきて北見へ折り返し、さらにその折り返しです。 |
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置戸を出てから、隣の小利別駅まではかなりの距離があり、山越えになります。池田から100km地点のあたりで坂を下り始め、ようやく小利別駅に到着となります。 |
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陸別までの間、小利別駅はそれなりに住宅が建っているものの、ほかの分線、川上駅は周囲に人家があまり見当たらない駅です。こちらは川上駅で、待合室にはクリスマスのような飾り物が掛けられており、このあたりの駅でも同じようなものがありました。 |
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陸別駅では7分ほど停車しました。陸別駅は道の駅『オーロラタウンりくべつ』と一体化しており、物産館があります。スタンプラリーの手帳を持って来ればよかったな、と今更ながらに後悔していました(笑 |
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足寄に到着したあたりで、外は暗くなってきました。沿線ではもとの池北線の頃の駅舎がそのままだったり、巨費を投じて建て替えたりされています。この足寄駅が一番立派そうですね。 |
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本別駅でも長い停車時間があったので降りてみました。こちらも道の駅と似たような様子で、中には列車を待っている人が結構いました。 |
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終点の池田には17時34分に到着しました。銀河線の専用となる帯広寄りに離れたところにある4番ホームに着かないか心配でしたが、連絡階段に近い3番ホームに到着となりました。列車は乗客を降ろした後、すぐに足寄方面に向かって走り出しました。 |
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向かい側に停車していたキハ40の単行に乗り換え、帯広を目指します。釧路始発の列車で、特急「スーパーおおぞら」10号に抜かれて停車していたもので、中はがらがらだったものの、幕別から大勢乗ってきて急ににぎやかになり、そのまま帯広に18時11分に到着となりました。 |
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帯広では、21時半頃に到着した特急「スーパーおおぞら11号に乗ってきた、はるばる九州からお越しの遠森一郎さんを迎えました。私が山口、小野田線のクモハ42に乗りに行った時にお世話になってわずか2週間の話ではありますが(笑)。そもそも、私が今回の旅に出ることを決めたのは遠森さんの来道が多くを占めていますが、旅のきっかけは何かしら欲しいものですし。いろいろ缶ビールを交えてお話した後、私は夜風に当たりたかったのでふらふらと出かけ、その足で駅から歩いて5分ほどの屋台村に行き、豚丼を食べつつご主人と屋台村のことや豚丼のこと、かなりの酔っ払いだったので余計に熱く語っていました。 |