20.鉄道の日記念、SLニセコ号と胆振線の旅 <3>

10時11分、仁木で下車しました。仁木町は特にサクランボが有名で、町内に果樹園が多くあるフルーツの町として名高いところですが、駅は重厚ながら無人駅となってひっそりとしており、もとは交換駅で側線が何本かあったのでしょうが、現在は駅舎に接するホームのみが残りあとは整地されてしまい、単線駅になっています。

特にすることもないので、国道5号線までの道道仁木停車場線を徒歩で往復したりしているうちに、28分後にやって来たSLに再び乗り込みます。こういう絵が欲しかったから先回りをしてきたと言えるのですが、来てよかったと思います。

ほとんどの時間を、2号車のカフェカーで過ごしていました。写真ではちょうど銀山駅を過ぎたところにあるトンネルに入ったところで、このトンネルが難所で、この開通を記念して小沢駅で『トンネル餅』が発売されました。かつては岩内線との乗り継ぎの間に売れて、待ち合わせの時間の腹の足しになったのでしょう。岩内線が廃止されても発売は続けられ、現在ではSLに小沢駅で積み込むようになりました。

その小沢駅では10分の停車時間がありました。駅舎は建て替えられましたが、旧来の跨線橋はそのまま使われており、非常に好きな風景の1つです。

11時46分、倶知安に到着したところで列車を降りました。本当はニセコまで行って食事をして来る予定でしたが、時間の都合でできませんでした。SLの乗車と温泉やホテルでの食事などさまざまなオプションが組まれていますが、大人しく倶知安駅周辺のお店で昼食を済ませることにしました。

ところで、倶知安と言えば石川啄木が立ち寄り、『一握の砂』に書いたこの一句が有名です。1904年に先述のトンネルの開通で倶知安駅が開業し、函館本線が全通したわけで、それから数年の間に訪れたものと思いますが、果たしてその頃の倶知安はどうだったのだろう、という想像が膨らんできます。ちなみに、私の頭に浮かんだのは、先ほど食事をしてきたスナックが多数建ち並ぶ飲食店街です。こういった句や歌は、実際に詠まれた現地で見たほうが想像も膨らんで面白いものかも知れません。

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