20.鉄道の日記念、SLニセコ号と胆振線の旅 <4>

さて、タイトルに「胆振線」とありますが、その胆振線は1986年に廃止になり、さらに倶知安を経由した札幌と函館を結ぶ特急「北海」が廃止され、定期優等列車の走らない区間となってしまった年にあたります。で、今回は胆振線の代替となるバスに乗ってみようというもので、13時20分発の御園行きに乗車しました。乗客は私ともう1人だけでした。

残念ながら雲がかかって見えませんが、蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山を右手に見ながら、バスは国道276号線を東へ進みます。この国道は、岩内から旧岩内線に沿って小沢に至り、倶知安まで国道5号線と重複してから胆振線のルートに沿い、喜茂別あたりから胆振線と分かれて苫小牧へ至る道路です。

京極町との境界を通過するところです。京極町は羊蹄と自然が作り出す名水の里として知られる町で、その水が沸くふきだし公園の水は名水百選に選ばれています。また、国鉄の古い地図を見れば京極から脇方支線がありますが、もとは倶知安から開通したときの終点が鉱山のある脇方だったもので、その後喜茂別まで延伸され、終戦前に全通すると国鉄に買収されたものです。脇方支線は、1970年に廃止されています。現在では最終処分場となっているようで、跡ははっきり残されていないようです。

喜茂別に入ってきました。車で札幌から函館へ早く向かう方法は2通りあり、1つは高速道路で鉄道に似たようなルートで行く方法と、国道230号線で豊浦へ抜けるルートで、私の場合は住んでいる場所がこの国道に近いことから後者を利用することが多く、良く車で通過する町という印象です。しかし、駅がどこにあったのかが全くはっきりせず、写真を拡大すると分かるかと思いますが「喜茂別停車場線」と書いてあることから、この付近であるとは思います。

国道276号をさらに東へ向かう途中、跨線橋という名前が残ったままの橋を渡ると鈴川の市街に出てきます。このあたりに北鈴川駅があったもので、「北」が付いたのは東海道線に鈴川駅が存在していたためで、現在その鈴川駅は吉原駅と名前を変えています。富士駅の1つ東京寄りで、岳南鉄道の分岐駅です。

鈴川から国道を離れ、忠実に線路のあったところに沿って走ります。やがて終点の御園に到着しましたが、周辺は住宅がまばらで、駅の跡も確認できませんでした。駅前広場が残っていて駅の建物の形跡が見当たらないところとして、壮瞥駅が挙げられます。御園を出ると新大滝までの10数キロに渡って駅がありませんでした(途中に臨時駅があったとは言います)。バスはここで倶知安へ折り返しとなります。

で、ここからどうしたかと言うと、家から車で迎えに来てもらって、胆振線の旅を続けることにします。道路をそのまま大滝に向かって進み、すでに確認できない状態になっている線路跡とどこかで分かれて国道に合流し、大滝村の中心部へ向かう道路とも一旦別れると、道の駅「フォーレスト大滝276」があります。道内の道の駅の中でも相当賑わっているところで、特産のきのこを使ったレストランやお土産など、非常に楽しめる施設になっています。今回は、写真のきのこソーセージをいただいてみました。

道の駅を後にして、大滝村の中心部を通って駅跡に建てられた北湯沢温泉にやって来ました。こちらも北鈴川駅と同様、奥羽本線に湯沢駅があるため「北」が付いています。それにしても、大滝村は先ほどの道の駅といい、北湯沢といい非常に元気のある村に感じます。この日はここに泊まりましたが、相当数の人が訪れていました。日曜日で、翌日はごく普通の月曜日であるにも関わらず・・・。

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