14.The Great Escape 〜日本縦断・12日間の軌跡〜 <23>

11時41分に餘部駅に到着しました。2分ほどの停車時間があったようですが、ここで下車することにします。乗ってきた列車は、急行「だいせん」でおなじみのキハ65系ですが、展望車両は連結されていませんでした。

せっかくですので、高台にある餘部駅から住宅街まで降りてみることにしました。この道が思ったより急で、軽登山でもしているかのような錯覚を覚えます。この餘部駅は、山陰本線が開通した1900年(明治33年)には駅が設置されず、となりの鎧駅まで歩いていたそうですが、請願により1959年(昭和34年)に開業しました。確かに便利にはなったのでしょうが、自動車の普及から利用客は減っているようです。しかし、鉄道ファンには撮影地として根強い人気があり、今回の臨時列車の運転である意味観光地化されているような感はあります。

鉄橋が見渡せるところまで歩いてみました。上の世界(餘部駅)の雰囲気とは違い、下へ降りてくると普通の住宅街で、この写真を撮ったあたりには郵便局があります。

さて、完全に軽登山の格好をして来ていることもあり、かつての餘部の住民が歩いたというとなりの鎧駅まで歩いてみることにしたのです。

一応のリミットは、浜坂行きの普通列車が発車する12時27分、あと40分ほどです。鉄道での距離は短いものの、鉄橋の高さが41.45メートルあり、まずはその高さを越えること、さらに道路が大きく迂回しているので、距離は4〜5km程度あるものと思います。国道は途中から歩道がなくなり、12時15分頃になって坂の上に「鎧駅」と書かれた青看板が見えてきました。ところがここからまだ距離があり、しかも急斜面の地形から道が蛇行しており、これは間に合わないと考えて時刻表で確認もしていました。

なかなか駅は見えてきません。あと5分となったところで、後悔したくない気持ちもあったので小走りで向かうと、ようやく線路が見えてきて、さらに進むと駅に到達できました。その頃には、浜坂からの快速「あまるべロマン」がこれから乗る普通列車との交換で運転停車をしていたところで、急いで駅舎を撮影し、ホームへ向かうと列車がやって来ました。これだけ苦労が報われたという気持ちで駅間徒歩を敢行したのは初めてではないかと思いました。しかし、道路には歩道がなく、道も狭くカーブが連続し、大変危険ですので真似をしないように、と私が言うのもおかしいですが、言いたいと思います。

列車を餘部で下車し、ふたたび餘部駅に立ちました。30分の待ち合わせで臨時に停車する特急「はまかぜ」1号に乗り継ぐためで、有名な撮影ポイントからの眺めを見ようと思ったものの、先ほどの駅間徒歩で飲み物が切れ、このままでは体が持たないのでまたもや坂を降り、近くの自動販売機で喉を潤します。
10分くらい休憩し、痛い足を引きずるように餘部駅へ向かう急坂をゆっくり登り、さらに登って撮影ポイントに来てみました。意外とホームから近く、列車を撮影して乗車する余裕はありましたが、足元は危険ですので、注意が必要です。

浜坂は訪問したことがあるので、そのまま2分の待ち合わせで鳥取行きの普通列車に乗り込みます。キハ40系列の車両と思っていたところ、山陰本線鳥取方面の高速化で導入されたキハ126系が止まっており、意外な気持ちで乗車しました。なお、こちらはキハ121形を名乗り、両運転台を備え、車椅子用のスペースの確保やトイレの身障者対応化など、キハ126系をベースにさらにバリアフリーに対応した車両で、2003年に導入されたものです。疲れていたせいか、写真が曲がっていました。

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